障害を長所に換える

 

藤本耳鼻咽喉科クリニック         藤本政明

 

本年1月18日(水)午後6時半、岡山シンフォニーホールでの「辻井伸行ピアノコンサート」に行きました。ベートーベンのピアノソナタ「熱情」やアンコールで弾いたショパンの「革命」など、素晴らしい演奏に観衆は酔いしれ、至福の時を過ごすことができました。

ご存知の通り、辻井伸行さんは生まれつき目が見えない視覚障碍者でありながら、2009年アメリカテキサス州フォートワースでの「第13回ヴァン・クライバーン国際ピアノコンクール」で日本人として初の優勝を果たし、以後国際的な演奏活動を行っている、今が旬の人気ピアニストです。8か月の時、家で掛けていたショパンの「英雄ポロネーズ」に体全体で反応していることを母いつ子さんが発見し、ピアニストへの道を歩むようになりました。小学校1年生から高校3年生までの12年間は、自らも若いころピアニストを志していた東京音楽大学の川上昌裕先生の献身的な指導を受けみごとに成長しました。

ピアニストを目指す人は山ほどいる中で、いくら才能があっても視覚障碍者が国際的なピアニストになるには、もちろん並大抵の努力ではなかったでしょう。技術的なことはもちろんですが、彼の指先が奏でるピアノの音色は、その一つ一つが無駄なく澄み切っており、さらに調和がとれています。この音色こそが、彼がこれだけ聴衆を感動させ人気を博している理由だと私は思います。目が見えるピアニストは、まず楽譜を見て練習しますが、彼は川上先生がカセットに片手ずつ録音した音を、耳で聞いて覚えるそうです。初めから楽譜なしで練習しているため、雑念なく音だけに集中できるのではないでしょうか。つまり、この音色は彼が目が見えないがゆえに出せる音のように思われます。障害が彼の長所に換わってしまったと言えるのではないでしょうか。

著書「のぶカンタービレ!」で母いつ子さんは、「どんな子にも才能はある。その才能を最大限に引き出してあげるのが親の役目である」と述べられています。本人の努力も素晴らしいですが、母親が子を思う力はやはり偉大です。彼の才能を発見し、12年間指導した川上昌裕先生にもブラボーです。