『名もなく貧しく美しく』という映画

公益社団法人 岡山県難聴者協会 会長  森 俊己

 はや12月の声を聞き、1年があっという間に過ぎ去っています。子供の頃は「お正月」を待ち遠しく思っていたものですが、時間の流れが年々早くなっていることに戸惑う私がいます。今ある時間、生かされていることに感謝しながら新しい年を迎えたいと思っています。
 私は映画が好きで、若い頃、休みの日には映画館通いをしていました。そこで観るのは字幕のある洋画のみ。邦画は全くセリフが分からず、観ることはありませんでした。何故か一度だけ、当時人気の『寅さん』を観たいと思い立ち、足を運んだのですが、案の定、周囲の笑い声の中、暗闇で作り笑いをしている私がいました。帰り路の心中は無残なものでした。
 時を経て、難聴協青年部に属した私は、各地で起こった「邦画に字幕を」の機運に乗り、岡山でもその運動を始めました。福山西小学校を題材にした『泣きながら笑う日』が、岡山初上映の字幕付邦画です。次作は『典子は今』。サリドマイド薬禍で障害を負った方(本人が出ている)の映画に青年部で字幕を付けて上映にこぎつけました。感銘を受けたこの二作品ともに高峰秀子さんという女優さんが関わっていたことから、彼女のユーモアのあるストレートなエッセイを読み込み、いつしか彼女の主演映画を観たいと思い続けてきました。先日、センターで『名もなく貧しく美しく』の上映があり、実に40年にわたる思いが遂げられたのは嬉しいことでした。もっと彼女の映画が観たい。黒沢を観たい、小津を、木下を、成瀬をと思いは膨らむのですが、いつになったら自分の好きな映画を、好きな時に、自由に観ることができるようになるのでしょう。
 近年、字幕付映画が増えているものの、観たいと思う自主制作映画や名画などには依然として字幕がなく、残念に思っています。テレビ・ウェブ等の字幕付放映を探しています。
 いわゆるアクセシビリティ法は施行されましたが、私たちを取り巻く環境は依然として厳しいものがあります。私たちには、映画ひとつ観るにも制約を受ける現実があることを、静かに訴えていきたいと思います。