会報4月号巻頭言

2019年4月号巻頭言

世の中に絶えて桜のなかりせば
福島邦博

 桜の季節がやってきました。一般的に「桜」でイメージするのは「ソメイヨシノ」でしょう。この時期あちこちの公園や並木で見かけるソメイヨシノは、種から育てるのではなく、接木(つぎき)で増やします。つまり、一つの個体から、クローンとして作られた「分身」が増殖して日本全国に広まった、とされます。クローンとは遺伝的に「同じもの」なので環境が同じなら、同じ様な反応を示します。このため、同じ土地に植えられたソメイヨシノは、ほとんど同じタイミングで一斉に咲き、そして一斉に散るため、あの見事な満開の桜の光景を作ることができるのです。一方で、同じ生物学的特性を持つという事は、特定の病害虫に同じように弱い、という現象を引き起こします。特に一つの並木などの形で一カ所に集中して植えられていると、エリアのソメイヨシノがまとめて枯死してしまう等の問題を起こすことがあり得ます。このように同じ遺伝的特性を持つクローン集団は、同じ弱点を共有して環境の変化に極めて弱くなります。逆に言えば、なるべく多様な遺伝子を持つ個体でグループを作ることが生物集団の「強み」になると考えられています。これがジェネティックダイバーシティ(遺伝的多様性)という考え方です。
 これは「生物集団」の話ですが、人間社会でも「いろんな種類の人々が集まった方が、何かトラブルがあったときにしなやかに反応できる集団になる。」と考えられています。国籍や性別、考え方や文化的背景が異なる集団の場合、対処するアイデアの幅が広がって様々な危機に対応する事ができるからです。これが「ダイバーシティ社会」の強みです。「ニューロダイバーシティ」という考え方では、自閉症スペクトラム症に代表される発達障害者の有する独特の世界観は、障害と区分されるよりもむしろ多様性であり、この多様性を許容する事によって新しい価値観を作ることができる、という考え方です。翻ってこれを「きこえの障害」に当てはめて考えるとどうでしょうか?音の捉え方が「普通の人」とは異なる難聴者が持つ、独特の「音の世界観」―例えば騒音や、あるいは不明瞭な話し声に対する感受性―は、音の景色に無神経な社会に特別な視点を提供してくれるものでもあります。一人の「困った」に声を上げることは、もしかしたらもっとよりよい社会を作ることにつながるかもしれないのです。

世の中に 絶えて桜のなかりせば 春の心はのどけからまし (在原業平)